⽶国は、⻑年にわたり外国から の直接投資を歓迎してきた国であり、現在もその基本姿勢に⼤きな変化は⾒ら れない。しかし、外国企業による⽶国企業の合併‧買収(M&A)に関する審査制度は、近年⼤きく 変化しており、特に国家安全保障上の観点からの審査が強化されている。
⽇本は、⽶国への投資額において世界でも上位に位置しており、2024年末時点での対⽶直接投資残⾼は7,541億ドル(約110兆円)に達している 。このような状況の中で、⽶国への投資を検討している⽇本の企業や個⼈は、2つの点を慎重に考慮する必要がある。
1点⽬は、トランプ政権による政策が、⽶国の法制度や政治情勢、経済状況など多⽅⾯にわたる投資環境に及ぼす影響だ。もう1点は、⽇本の投資家に共通して適⽤される、実務的かつ法的な留意事項だ。下記で詳細を⾒ていきたい。
トランプ政権による政策の変化とCFIUS
⽶国では、⼀般的に、⼤統領選挙後の新政権発⾜に伴い、法制度や政策の⽅向性が⼤きく変化する。2025年に発⾜したトランプ政権は、特に外国直接投資に関して積極的な政策を打ち 出している。2025年1⽉20⽇には「アメリカ‧ファースト貿易政策」、2⽉21⽇には「アメリカ・ファースト投資政策」と題する政策⽂書を発表した。
これらの政策の中⼼にあるのが、対⽶外国投資委員会(CFIUS)による審査制度である。CFIUSは、外国の法⼈や個⼈による⽶国企業への投資が国家安全保障に与える影響を評価するための省庁間委員会であり、以下のような取引が審査対象となる。
| 支配権を取得する取引 | 
| 重要技術、重要インフラ、または機微な個人情報を扱う米国企業に対して投資を行い、支配権を取得しないまでも特定の権利(役員選任権、情報アクセス権など)を取得する取引 | 
| 特定の空港、港湾、軍事施設の近隣に位置する不動産を購入または賃借する取引 | 
(注)いずれも外国法人・外国人が行う場合
CFIUSは審査を実施したうえで、国家安全保障上のリスクに備え、特定の条件を課す「緩和合意」に基づいて投資取引を承認する場合もあれば、国家安全保障上の懸念があるとして、取引の阻⽌または解消を勧告する場合もある。
トランプ政権の外国投資政策の主な⽅針
トランプ政権が外国直接投資に関して⽰した主な⽅針をまとめると、下記の通りとなる。
| 同盟国・パートナー国からの先端技術分野への投資の促進 | 
| 米国内でAI(人工知能)などの新興技術の開発を進めるため、特定の友好国からの投資を奨励し、米国の敵対国との提携を避けることを条件に、迅速な審査手続きを提供 | 
| 敵対国からの戦略分野への投資の制限 | 
| 敵対国と定義される外国・地域からの技術、インフラ、医療、農業、エネルギー、原材料などの戦略分野への投資を制限 | 
| CFIUSの管轄権の拡大 | 
| 特に中国関連の企業・個人によるAI分野などへのアクセスを制限するため、CFIUSの審査対象を拡大 | 
| 緩和合意の簡素化 | 
| 緩和合意の内容を簡素化し、当事者が特定の期限内に完了すべき具体的な対応を明確化 | 
| 受動的投資の継続的受け入れ | 
| 議決権や経営権を伴わない株式保有などの受動的投資については、引き続き歓迎する方針 | 
⽇本製鉄によるUSスチールの買収事例
トランプ政権による外国投資政策の⼀端を⽰す事例として挙げられるのが、⽇本製鉄によるUSスチールの買収だ。
															2025年1⽉3⽇、バイデン政権(当時)は、⽇本製鉄によるUSスチールの買収を禁⽌した。この買収案件に関しては、後に発⾜したトランプ政権が取引の再開‧逆転につながる具体的な措置を講じたことが記憶に新しい。
バイデン政権による禁⽌措置は、CFIUS内で意⾒が分かれたことを受けた判断だった。⼀⽅、トランプ政権はCFIUSに対し、当該取引について再審査を⾏い、国家安全保障上のリスクが⼗分に軽減可能かどうかを再評価するよう指⽰した。
その結果、異例のCFIUSによる再審査を経て、6⽉13⽇、国家安全保障上の条件を付けた上で、⽇本製鉄によるUSスチールの買収を承認する⼤統領令が発令された。
これは、トランプ政権による外国投資政策の実⾏により、⽶国政府の承認をめぐって難航していた⼤型買収計画が最終的に決着した事例といえる。
⽇⽶間の新たな経済安全保障の枠組み
⽇⽶間の投資に関する政府間の枠組みは、トランプ政権下で更なる進展を⾒せている。
															2025年9⽉4⽇、トランプ⼤統領は「⽶国・⽇本協定の実施」と題する⼤統領令を発令した。これにより、⽇本から の輸⼊品に対して15%の基本関税が設定されると同時に、両政府は今後10年間にわたり、⽇本が⽶国の戦略的重要分野に対して約5,500億ドル(約80兆円)を投資することを柱とする包括的な⼆国間協定を締結した。
協定の対象分野には、先端製造業、AI、量⼦コンピューティング、次世代通信技術、半導体、重要鉱物、クリーンエネルギー、航空宇宙・防衛産業、港湾・鉄道インフラの強靭化、⾼付加価値農業などが含まれる。
⽶国側は対象投資に対し、迅速なCFIUS審査や輸出管理ライセンスの円滑な発⾏を進めるほか、⼀部の関税については緩和措置を講じる⽅針だ。ただし、⽶国の安全保障上の懸念から 、敵対国と関係する企業の関与は厳しく 制限される。また、サイバーセキュリティやサプライチェーン、労働慣⾏については向上が求められている。
この⼤統領令は、財務省、商務省、国防総省、国⼟安全保障省に対し、120⽇以内に実施規則の制定、以降は年次の進捗報告を指⽰しており、今後の⽇⽶間の経済・安全保障協⼒の基盤となることが期待される。
⽶国投資を検討する際の留意事項
上記のようなトランプ政権の動向が⾼い注⽬を集める中、⽇本の企業または個⼈が⽶国への投資を検討する際に、実務上配慮すべき主な留意点は下記となる。また、既に⽶国に投資している企業や個⼈も、こうした事項を再確認する良いタイミングといえる。
1. 投資形態
どういった形態で投資を⾏うか、またその組織構造をどのようにするか。これらを検討する際には、国際法務・国際税務の観点から 以下の事項を考慮して検討する必要がある。
- 投資家の種類:⽇本の企業または個⼈が、直接または⽶国完全⼦会社を通じて⽶国企業や不動産に投資する。その際の留意点は投資ビークルの選定だ。⽇本の税法では⽶国⼦会社との損益通算が認められていないことを念頭に、投資家は投資ビークルを慎重に選定する必要がある。
 - 投資対象の種類:株式会社やLLC(有限責任会社)、不動産などがこれに当たる。投資対象を評価する際には、デュー‧デリジェンスが極めて重要になる。
 - 投資形態:企業合併、株式購⼊、転換社債、融資、不動産購⼊など。適切な法的⽂書の整備は、取引の成功に不可⽋である。
 
2.法令尊寿
投資額や業種、地域、外国投資家の⽀配⽐率、外国投資家の国籍や提携関係、投資対象の事業活動などにより、遵守すべき法規制はそれぞれ異なる。
- トランプ政権は、航空宇宙・防衛⽣産、⾼付加価値農業、クリーンエネルギー、重要鉱物などの戦略的分野における⽇本からの投資を奨励しており、これらの分野に対して優遇措置をとる可能性がある。
 - 2020年に発効した⽇⽶デジタル貿易協定は、データの国内保存要件を禁⽌し、国境を越えたデータの流通を⽀援している。これは、技術、⾦融、そ の他のデータ駆動型分野における⽇本の投資家には有益である。
 - AIなどの重要分野への投資は、CFIUS審査の対象となる可能性が⾼く、中国との提携がある場合は特に厳しい審査が予想されることに留意が必要だ。また、外国株主の投資割合によっては、⽶国経済分析局、⽶国証券取引委員会(SEC)、⽶国内国歳⼊庁(IRS)への情報開⽰が必要となる場合がある。
 - 投資対象が⽶国の事業会社の場合、事業登録や税務申告、雇⽤法、移⺠法などの⼀般的な法令遵守が求めら れる。
 
3.源泉徴収税
通常、⽶国に居住しない者の⽶国源泉所得は、⽶国所得税の課税対象となり、⽀払い者が源泉徴収および納税を⾏う。
- 源泉徴収税率は、原則として⼀定税率であるが、⽇本の投資家であれば、⽇⽶租税条約により軽減税率が適⽤される場合がある。
 - ポートフォリオ利⼦所得や譲渡所得など、⽶国⾮居住者に対する特定の⽀払いについては、源泉徴収の対象外となることがある。
 
4.相続税・遺産税の対策
⽇本⼈が⽶国に直接投資し、⽶国不動産、⽶国内の有形資産、⽶国企業の株式などの財産を残して相続が発⽣する場合、被相続⼈が⽶国⾮居住者であっても、それらの⽶国資産は⽶国遺産税の課税対象となる可能性がある。
- ⽶国は被相続⼈の遺産に課税し、⽇本は相続⼈に課税するため、⽇⽶相続・贈与税条約の適⽤により⼆重課税を回避できる場合がある。
 
今後の展望と対策
⽶国における投資環境は、現在も変化を続けている。CFIUSをはじめとする政府機関によるトランプ政権の政策⽬標の実施に伴い、さらなる政策の詳細や⽅向性が⽰されることが予測される。
															特に技術、防衛、インフラなど特定分野における⽇本からの投資は、CFIUSによる厳格な審査の対象となる可能性がある。さらに、⽇本の対⽶投資は、現在進⾏中の報復関税の導⼊およびその執⾏状況によっても影響を受ける可能性がある。
こうした状況を踏まえ、⽇本の投資家が⽶国への投資を検討する際には、⽇⽶の政府間協定を含む最新の政策動向を注視し、⽶国政府が定める優先分野を理解した上で、法務・税務・財務の専⾨家と連携しながら慎重かつ戦略的に投資判断を⾏うことを推奨する。
															(編集‧松本史 [email protected])
問い合わせ先:⽇本経済新聞社 デジタルサービスヘルプデスク
0120-212-212 (受付時間:平⽇9時〜18時)
※ご契約内容につきましては、ご契約代表者様より、営業窓⼝までお問い合わせく ださい。配信元: ⽇本経済新聞社 東京都千代⽥区⼤⼿町1-3-7
本メールは送信専⽤メールアドレスから 配信されています。ご返信頂いてもお答えできませんのでご了承く ださい。
Miura & Partners USについて
Miura & Partners USは、三浦法律事務所の米国における戦略的提携事務所です。サンフランシスコ及びシアトルを拠点に、日系企業の⽶国進出やM&A、⽶国企業の⽇本進出やM&Aをはじめ、クロスボーダービジネスにおける企業法務、税務、ライセンス、雇用法など、幅広い分野において法的サービスを提供しています。日米両国のビジネス慣習に精通した経験豊富なバイリンガルチームが、お客様の事業展開を支援します。
				

